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橘のとをの橘八つ代にも
我れは忘れじこの橘を

歌の意味
橘の、枝もたわわに実った橘よ。いつの代までも、私は忘れはしまい、この橘を。
鑑賞
巻第十八 4058

詞書は前の歌に続き「太上皇の難波宮に御在しし時の歌七首[清足姫天皇なり]」「御製の歌一首」
 たわわに実った橘を、いつの代までも忘れまいと詠む御製である。左大臣橘諸兄の邸での宴で詠まれており、「橘」を三度繰り返すことで、橘の木とともに橘の姓を名乗る諸兄その人をたたえ、末長い信頼を示している。
 作者の元正天皇は草壁皇子の娘で、天武天皇の孫にあたる女帝である。譲位後は太上天皇として、聖武天皇の代にも重んじられた。
 左注によれば、この歌から本巻の第四千六十首までの三首は、左大臣橘卿の邸で催された肆宴での御製と奏上の歌である。家持は後にこの歌に追和して本巻の第四千六十三首、本巻の第四千六十四首を詠んでいる。

 初句「橘の」橘の木を詠み起こす。初句、二句、結句と「橘」が繰り返され、一首全体が橘への讃美となっている。
 二句「とをの橘」「とを」は枝がたわむほどに実ったさまをいう。同じ語を重ねて調子を整えている。
 三句「八つ代にも」「八つ代」はいく代もの意で、永遠に、という気持ちを表す。
 四句「我れは忘れじ」「じ」は打消しの意志の助動詞で、忘れまいという強い気持ちを示す。ここで四句切れとなる。
 結句「この橘を」倒置の形で、忘れまいとする対象を最後に示す。目の前の橘の木と、橘の姓を賜った諸兄とが重ねられている。

とを:たわわ。枝がたわむほど実が多くなっているさま
やつよ:いく代もの長い年月
作者
元正天皇
出典
万葉集
前の歌
玉敷かず君が悔いて言ふ堀江には 玉敷き満てて継ぎて通はむ
次の歌
橘の下照る庭に殿建てて 酒みづきいます我が大君かも