- 歌の意味
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常世の国のものであるこの橘がいよいよ照り輝くように、我が大君は今見ているとおり、いつまでも輝いておられることだろう。
- 鑑賞
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巻第十八 4063
詞書「後に橘の歌に追和する二首」
常世の国の果実である橘がいよいよ照り輝くように、我が大君も今見るとおりにいつまでも栄えてほしいと願う歌である。福麻呂が伝えた難波宮での橘の歌、とくに元正太上天皇による本巻の第四千五十八首の御製に後から唱和し、大君と橘の家とをともにたたえている。
作者の大伴家持は大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされ、本巻は家持の越中時代の歌日誌の性格をもつ。
左注に「右の二首は大伴宿禰家持作る」とある。
初句「常世物」常世は海のかなたにあるとされた不老不死の国で、橘はそこからもたらされたと伝えられた。垂仁天皇の代に田道間守が常世から橘をもたらしたという伝説がある。
二句「この橘の」本巻の第四千五十八首の御製の結句「この橘を」を受け、同じ「この橘」を詠んでいる。
三句「いや照りに」いよいよ照り輝くようにの意で、橘の輝きに大君の繁栄を重ねる。
四句「わご大君は」太上天皇を指す。本巻の第四千五十九首の河内女王の歌の「我が大君かも」とも響き合っている。
結句「今も見るごと」今見るとおりにの意で、言いさしの形で結び、いつまでもそのようにあってほしいという願いを余韻として残す。
とこよ:海のかなたにあると考えられた不老不死の国
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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夏の夜は道たづたづし船に乗り 川の瀬ごとに棹さし上れ
- 次の歌
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大君は常磐にまさむ橘の 殿の橘ひた照りにして