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ぬばたまの夜渡る月を幾夜経と
数みつつ妹は我れ待つらむぞ

歌の意味
夜空を渡っていく月を見ては、幾夜過ぎたかと数えながら、妻は私を待っているだろう。
鑑賞
巻第十八 4072

詞書なし。左注に「右、この夕、月光遅く流れ、和風稍く扇ぐ。即ち属目に因りて、聊かにこの歌を作る」とある
 夜空を渡る月を見ては幾夜過ぎたかと数えながら、都の妻は私を待っているだろうと詠む。月の光がゆるやかに流れ、穏やかな風が吹く夕べに、目にした月から遠く離れた妻へ思いを馳せた歌である。
 作者の大伴家持は大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされ、本巻は家持の越中時代の歌日誌の性格をもつ。
 前歌で越の人々と楽しく遊ぼうと詠んだ宴の歌に続き、ひとりの夕べの望郷の思いが置かれている。

 初句「ぬばたまの」夜、黒などにかかる枕詞である。
 二句「夜渡る月を」夜空を渡っていく月で、左注の「月光遅く流れ」に対応する。
 三句「幾夜経と」幾夜過ぎたかと、の意。月を見て日数を数える心を表す。
 四句「数みつつ妹は」「数む」は数える意、「つつ」は継続を表す。妻が月を見ながら日数を数え続けるさまを想像している。
 結句「我れ待つらむぞ」「らむ」は現在推量の助動詞で、今ごろ待っているだろうの意。「ぞ」は念を押す終助詞である。待つ妻の姿を想像することで、待たれる側の自分の思いを表している。

ぬばたま:ヒオウギの黒い実。「ぬばたまの」の形で夜、黒などにかかる枕詞
よむ:数える
作者
大伴家持
出典
万葉集
前の歌
しなざかる越の君らとかくしこそ 柳かづらき楽しく遊ばめ
次の歌
月見れば同じ国なり山こそば 君があたりを隔てたりけれ