あしひきの山はなくもが月見れば
同じき里を心隔てつ
- 歌の意味
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山などなければよいのに。月を見れば同じ里なのに、山が心を隔ててしまった。
- 鑑賞
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巻第十八 4076
詞書「越中国守大伴家持の報へ贈る歌四首」「古人の云へるに答ふ」
山などなければよいのに、月を見れば同じ里なのに、山が心を隔ててしまったと詠む。池主の第四千七十三首に答えた歌で、同じ月を見ているという池主の言葉を受けながら、隔てる山を恨むことで、会えない寂しさをさらに強めて返している。
作者の大伴家持は大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされ、本巻は家持の越中時代の歌日誌の性格をもつ。
池主の三首に対し、家持は四首で答えており、最初の三首が池主の三首にそれぞれ対応している。左注によれば三月十六日の作である。
初句「あしひきの」山にかかる枕詞である。
二句「山はなくもが」「もが」は願望の終助詞で、山などなければよいのにの意。池主の「山こそば君があたりを隔てたりけれ」を受け、隔てる山がなければと願っている。ここで二句切れとなる。
三句「月見れば」池主の歌の初句をそのまま用い、贈歌に答える形を明確にしている。
四句「同じき里を」池主の「同じ国なり」を受けて、国をさらに身近な「里」と言い換え、二人の近さを強調している。
結句「心隔てつ」「つ」は完了の助動詞で、山が心を隔ててしまったの意。池主の「隔てたりけれ」を受け、同じ「隔つ」で結んでいる。
へだつ:間に置いて離す。隔てる
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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相思はずあるらむ君をあやしくも 嘆きわたるか人の問ふまで
- 次の歌
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我が背子が古き垣内の桜花 いまだ含めり一目見に来ね