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常の恋いまだやまぬに都より
馬に恋来ば担ひあへむかも

歌の意味
いつもの恋しさがまだやまないのに、都から馬に積んだ恋までがやって来たら、とても担いきれるだろうか。
鑑賞
巻第十八 4083

詞書は前の歌に続き「越中守大伴宿禰家持の報ふる歌并せて所心三首」
 いつもの恋しさがまだおさまらないのに、都から馬に積んだ恋までやって来たら担いきれるだろうかと詠む。坂上郎女の第四千八十一首の、片思いを馬に積んで送るという奇抜な発想をそのまま受け、自分の恋しさも重いのだと機知をもって答えている。
 作者の大伴家持は大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされ、本巻は家持の越中時代の歌日誌の性格をもつ。

 初句「常の恋」いつもの恋しさ、日ごろから抱いている恋しさをいう。郎女の「常人の」と「常」が響き合う。
 二句「いまだやまぬに」「に」は逆接で、まだやまないのに、の意。
 三句「都より」郎女の「越辺に遣らば」と逆の方向から、都から越中へ来るものを示している。
 四句「馬に恋来ば」郎女の「馬にふつまに負ほせ持て」を受け、馬に積んだ恋が来たならばと仮定する。
 結句「担ひあへむかも」「あふ」は〜しきるの意、「む」は推量、「かも」は疑問を含む詠嘆である。郎女の「人かたはむかも」に対し、手伝いがあっても担いきれまいとユーモアで応じている。

になふ:担う。肩にかつぐ
あふ:動詞の連用形に付いて、すっかり〜しきるの意を表す
作者
大伴家持
出典
万葉集
前の歌
天離る鄙の奴に天人し かく恋すらば生ける験あり
次の歌
暁に名告り鳴くなる霍公鳥 いやめづらしく思ほゆるかも