油火の光りに見ゆる吾がかづら
さ百合の花の笑まはしきかも
- 歌の意味
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灯火の光の中に見える私の髪飾り、その百合の花の、なんとほほえましいことよ。
- 鑑賞
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巻第十八 4086
詞書「同じ月の九日、諸僚、少目秦伊美吉石竹の館に会ひて飲宴す。時に主人、百合の花縵三枚を造りて豆器に畳ね置き、賓客に捧げ贈る。各この縵を賦して作る三首」
灯火の光に照らされて見える自分の髪飾りの百合の花が、なんとほほえましいことかと詠む。宴の主人秦石竹が百合の花で作った髪飾りを客に贈ったのに応えた歌で、夜の宴の灯火に浮かぶ百合の美しさをたたえ、主人のもてなしに感謝している。
作者の大伴家持は大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされ、本巻は家持の越中時代の歌日誌の性格をもつ。
天平感宝元年(749)五月九日、少目の秦石竹の館で開かれた宴の歌である。次歌の第四千八十七首も同じ「光りに見ゆる」の句をもち、百合の髪飾りを詠む三首が並んでいる。
初句「油火の」油を燃やしてともす灯火のことで、夜の宴であることを示す。
二句「光りに見ゆる」灯火の光の中に見えるの意。次歌の二句にも同じ句があり、二首が対をなしている。
三句「吾がかづら」主人から贈られた、自分の髪飾りをいう。
四句「さ百合の花の」「さ」は接頭語で、百合の花をいう。詞書の「百合の花縵」にあたる。
結句「笑まはしきかも」「笑まはし」はほほえましい、思わず笑みがこぼれるの意、「かも」は詠嘆の終助詞である。百合の花が笑みを浮かべているようにも響く。
あぶらひ:油火。油を燃やしてともす灯火
かづら:草木の枝や花を輪にして髪に飾ったもの
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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焼太刀を砺波の関に明日よりは 守部遣り添へ君を留めむ
- 次の歌
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灯火の光りに見ゆるさ百合花 ゆりも逢はむと思ひそめてき