さ百合花ゆりも逢はむと思へこそ
今のまさかもうるはしみすれ
- 歌の意味
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百合の花の「ゆり」のように、後々にも会おうと思うからこそ、今この時も親しく心を寄せるのだ。
- 鑑賞
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巻第十八 4088
詞書は前の歌に続き「同じ月の九日、諸僚、少目秦伊美吉石竹の館に会ひて飲宴す。時に主人、百合の花縵三枚を造りて豆器に畳ね置き、賓客に捧げ贈る。各この縵を賦して作る三首」
後々にも会おうと思うからこそ、今この時も親しく心を寄せているのだと詠む。前歌の縄麻呂の歌に和したもので、同じ言葉を受けながら、将来の再会への願いがあるからこそ今の交わりが大切なのだと答え、宴の三首を結んでいる。
作者の大伴家持は大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされ、本巻は家持の越中時代の歌日誌の性格をもつ。
左注に「右の一首は大伴宿禰家持[和ふ]」とある。
初句「さ百合花」前歌の三句をそのまま初句に置き、和する歌であることを示している。「ゆり」の同音から二句の「ゆり」を導く枕詞的な用法である。
二句「ゆりも逢はむと」前歌の四句とまったく同じ句である。前歌が「後に会おう」と未来を詠んだのを受け、下の句で「今」に転じている。
三句「思へこそ」「思へ」は已然形で、「こそ」とともに、思うからこその意となる。「こそ」は係助詞で、結句の「すれ」と係り結びをなす。
四句「今のまさかも」「まさか」は今、現在の意。「ゆり」(後)と「まさか」(今)とが対比されている。
結句「うるはしみすれ」「うるはしみす」は親しみ愛する意。「すれ」は「す」の已然形で、「こそ」の結びである。
まさか:今。現在
うるはしみす:親しみ愛する。親しく心を寄せる
ゆり:後。のち。これから先
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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灯火の光りに見ゆるさ百合花 ゆりも逢はむと思ひそめてき
- 次の歌
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ゆくへなくありわたるとも霍公鳥 鳴きし渡らばかくや偲はむ