ゆくへなくありわたるとも霍公鳥
鳴きし渡らばかくや偲はむ
- 歌の意味
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晴らしようのない思いを抱いて日々を過ごし続けていても、ほととぎすが鳴いて渡っていったなら、このように心ひかれて偲ぶのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十八 4090
詞書は前の歌に続き「独り幄の裏に居て、遥かに霍公鳥の喧くを聞きて作る歌一首[并せて短歌]」「反歌」
晴らしようのない思いで日々を過ごしていても、ほととぎすが鳴き渡れば、このように心ひかれて偲ぶのだろうかと詠む。ひとり幕の内にいて遠くにほととぎすの声を聞いた折の長歌に添えた反歌で、ほととぎすの声が沈んだ心を動かすさまを詠んでいる。
作者の大伴家持は大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされ、本巻は家持の越中時代の歌日誌の性格をもつ。
左注によれば、長歌と反歌三首の計四首は、天平感宝元年(749)五月十日の作である。
初句「ゆくへなく」行き先がわからない、どうしようもないの意で、晴らしようのない思いを表す。
二句「ありわたるとも」「ありわたる」はそのままの状態で過ごし続ける意、「とも」は逆接仮定である。
三句「霍公鳥」長歌で詠まれたほととぎすを受けて、反歌の中心に置いている。
四句「鳴きし渡らば」「し」は強意の副助詞で、未然形+ばの仮定条件である。鳴いて渡っていったならばの意となる。
結句「かくや偲はむ」「や」は疑問の係助詞で、「む」と結ぶ。「偲ふ」は心ひかれて思う、賞美する意で、ほととぎすの声に心が動くさまを表す。
しのふ:心ひかれて思う。賞美する
ありわたる:そのままの状態で過ごし続ける
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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さ百合花ゆりも逢はむと思へこそ 今のまさかもうるはしみすれ
- 次の歌
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卯の花のともにし鳴けば霍公鳥 いやめづらしも名告り鳴くなへ