阿尾の浦に寄する白波いや増しに
立ちしき寄せ来東風をいたみかも
- 歌の意味
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阿尾の浦に寄せる白波が、ますます立ち重なって寄せてくる。東風が激しく吹くからだろうか。
- 鑑賞
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巻第十八 4093
詞書「英遠の浦に行きし日に作る歌一首」
阿尾の浦に寄せる白波がいよいよ高く次々に寄せてくるのは、東風が激しいからだろうかと詠む。英遠の浦を訪れた日の作で、越中の海の荒々しい波の景色を力強くとらえている。
作者の大伴家持は大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされ、本巻は家持の越中時代の歌日誌の性格をもつ。
左注に「右の一首は大伴宿禰家持作る」とある。
初句「阿尾の浦に」阿尾の浦は越中国の海岸で、現在の富山県氷見市阿尾のあたりである。詞書では「英遠」と表記されている。
二句「寄する白波」浜に寄せる白波で、越中の海の景を描く。
三句「いや増しに」いよいよ増しての意で、波の勢いが強まるさまをいう。本巻の第四千四十五首の「満ち来る潮のいや増しに」とも同じ句を共有し、海の高まりを描く表現が呼応している。
四句「立ちしき寄せ来」「しく」は重なる、しきりにの意で、波が次々に立ち重なって寄せてくるさまである。ここで四句切れとなる。
結句「東風をいたみかも」「あゆ」は東風を表す越の方言とされ、「を〜み」は原因を表す。「かも」は疑問を含む詠嘆で、東風が激しいからだろうかと推し量っている。
あゆ:東風。越の地方の言葉とされる
しく:重なる。しきりに〜する
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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霍公鳥いとねたけくは橘の 花散る時に来鳴き響むる
- 次の歌
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大夫の心思ほゆ大君の 御言の幸を聞けば貴み