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いにしへを思ほすらしも我ご大君
吉野の宮をあり通ひ見す

歌の意味
昔のことを偲んでいらっしゃるらしい。我が大君は、吉野の宮に絶えず通っては御覧になる。
鑑賞
巻第十八 4099

詞書は前の歌に続き「芳野の離宮に幸行さむ時の為に、儲けて作る歌一首[并せて短歌]」「反歌」
 我が大君は昔のことを偲んでいらっしゃるらしい、吉野の宮に絶えず通ってご覧になると詠む。天皇の吉野行幸に備えてあらかじめ作っておいた長歌の反歌で、歴代の天皇が通った吉野を訪れる天皇の姿をたたえている。
 作者の大伴家持は大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされ、本巻は家持の越中時代の歌日誌の性格をもつ。題詞と左注には作者名が記されていないが、前後の配列から家持の作とされている。
 越中にいながら、都での行幸に供奉する日を思って準備した歌である。吉野は天武天皇や持統天皇が深く愛した地で、柿本人麻呂の吉野讃歌でも知られる。

 初句「いにしへを」昔のこと、とくに歴代の天皇が吉野に通った時代を指す。
 二句「思ほすらしも」「思ほす」は「思ふ」の尊敬語、「らし」は根拠のある推定、「も」は詠嘆である。ここで二句切れとなる。
 三句「我ご大君」天皇を親しみと敬意をこめて呼ぶ。
 四句「吉野の宮を」吉野の離宮で、現在の奈良県吉野町宮滝のあたりにあったとされる。
 結句「あり通ひ見す」「あり通ふ」は絶えず通い続ける意、「見す」は「見る」の尊敬語である。倒置の形で、上の句で推定した理由を示している。

ありがよふ:絶えず通い続ける
めす:「見る」の尊敬語。御覧になる
作者
大伴家持
出典
万葉集
前の歌
天皇の御代栄えむと東なる 陸奥山に黄金花咲く
次の歌
もののふの八十氏人も吉野川 絶ゆることなく仕へつつ見む