里人の見る目恥づかし左夫流子に
さどはす君が宮出後姿
- 歌の意味
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里の人の見る目が恥ずかしい。左夫流子に心を迷わせているあなたが、役所へ出かけていく後ろ姿は。
- 鑑賞
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巻第十八 4108
詞書は前の歌に続き「史生尾張少咋に教へ喩す歌一首[并せて短歌]」「反歌三首」
左夫流子に迷っているあなたが役所へ出勤する後ろ姿は、里の人の目にも恥ずかしいと詠む。世間の目を引き合いに出して、少咋のふるまいが周囲にどう見えているかを示し、反省を促している。
作者の大伴家持は大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされ、本巻は家持の越中時代の歌日誌の性格をもつ。
長歌の原文には「左夫流と言ふは遊行女婦の字なり」という注があり、左夫流子は遊行女婦の呼び名であることがわかる。
初句「里人の」里の人々、世間の人をいう。少咋のふるまいを見ている周囲の目である。
二句「見る目恥づかし」人の見る目が恥ずかしいの意。ここで二句切れとなり、下の句で何が恥ずかしいのかを示す倒置の形になっている。
三句「左夫流子に」遊行女婦の呼び名で、少咋が心を奪われた女性である。
四句「さどはす君が」「さどふ」は心が迷う意で、「す」は尊敬の助動詞である。皮肉をこめて敬語を用いている。
結句「宮出後姿」「宮出」は役所へ出勤すること、「後姿」は後ろ姿の意。体言止めで、恥ずかしい後ろ姿を突きつけるように結ぶ。
さどふ:心が迷う。惑う
みやで:役所へ出勤すること
しりぶり:後ろ姿
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
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あをによし奈良にある妹が高々に 待つらむ心しかにはあらじか
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紅はうつろふものぞ橡の なれにし衣になほしかめやも