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さ百合花ゆりも逢はむと下延ふる
心しなくは今日も経めやも

歌の意味
百合の花の「ゆり」のように、後にはきっと会おうと心ひそかに思い続ける気持ちがなかったなら、今日一日さえも過ごせるだろうか。
鑑賞
巻第十八 4115

詞書は前の歌に続き「庭中の花に作る歌一首[并せて短歌]」「反歌二首」
 後にはきっと会えると心ひそかに思い続けていなければ、今日一日も過ごせないと詠む。前歌のなでしこに対し、ここでは百合に寄せて、都の妻との再会を心の支えに越中の日々を耐えている思いを述べている。
 作者の大伴家持は大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされ、本巻は家持の越中時代の歌日誌の性格をもつ。
 左注に「同じ閏五月二十六日に、大伴宿禰家持作る」とある。

 初句「さ百合花」「さ」は接頭語で、百合の花をいう。同音の「ゆり」を導く。
 二句「ゆりも逢はむと」「ゆり」は後の意。本巻の第四千八十七首の内蔵縄麻呂の歌と、それに和した本巻の第四千八十八首と同じ「さ百合花ゆりも逢はむと」の句で、宴の席で交わされた言葉が、ここでは妻への思いとして詠まれている。
 三句「下延ふる」「下延ふ」は心の中でひそかに思い続ける意である。
 四句「心しなくは」「し」は強意、「なくは」はなかったならばの意の仮定条件である。
 結句「今日も経めやも」「めやも」は反語で、今日一日でも過ごせるだろうか、いや過ごせないの意。長歌の「鄙に一日もあるべくもあれや」と同じく、一日を過ごすことのつらさを詠んでいる。

ゆり:後。のち。これから先
したばふ:心の中でひそかに思い続ける
作者
大伴家持
出典
万葉集
前の歌
なでしこが花見るごとに娘子らが 笑まひのにほひ思ほゆるかも
次の歌
去年の秋相見しまにま今日見れば 面やめづらし都方人