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去年の秋相見しまにま今日見れば
面やめづらし都方人

歌の意味
去年の秋に会ったきりで、今日久しぶりに会ってみると、顔がなんと新鮮に見えることか、都帰りの人よ。
鑑賞
巻第十八 4117

詞書は前の歌に続き「国の掾久米朝臣広縄、天平二十年を以て朝集使に附きて京に入り、その事畢りて、天平感宝元年閏五月二十七日に本任に還り到る。仍りて長官の舘にて詩酒の宴を設けて楽飲す。時に主人守大伴宿禰家持の作る歌一首[并せて短歌]」「反歌二首」
 去年の秋に別れたきり、今日久しぶりに会うと、都から帰った人の顔がなんとも新鮮に見えると詠む。朝集使として都へ上っていた掾の久米広縄が越中に戻ったのを迎える宴の歌で、再会の喜びと、都の雰囲気をまとって帰った部下へのまぶしい思いを表している。
 作者の大伴家持は大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされ、本巻は家持の越中時代の歌日誌の性格をもつ。
 広縄は天平二十年(748)に朝集使として都へ上り、任務を終えて天平感宝元年(749)閏五月二十七日に越中に帰着した。長歌では、広縄の帰りを待ちわびた日々と、再会の喜びが詠まれている。

 初句「去年の秋」広縄が都へ発った時期を示す。
 二句「相見しまにま」「まにま」はそのまま、〜したきりの意で、去年の秋に会ったきりということをいう。
 三句「今日見れば」去年と今日とを対比させ、久しぶりの再会であることを示す。
 四句「面やめづらし」「や」は詠嘆、「めづらし」は新鮮で心ひかれるの意。ここで四句切れとなる。
 結句「都方人」都の方から来た人、都帰りの人の意で、体言止めで広縄を呼びかけるように結ぶ。福麻呂の歌に広縄が詠んだ本巻の第四千五十首の「めづらしき君」が都からの客を迎える言葉であったのに対し、ここでは広縄自身が都から帰った「めづらし」き人として迎えられている。

まにま:そのまま。〜したきり
みやこかたひと:都の方から来た人。都帰りの人
作者
大伴家持
出典
万葉集
前の歌
さ百合花ゆりも逢はむと下延ふる 心しなくは今日も経めやも
次の歌
かくしても相見るものを少なくも 年月経れば恋ひしけれやも