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薮波の里に宿借り春雨に
隠りつつむと妹に告げつや

歌の意味
薮波の里に宿を借りて、春雨に降りこめられて籠もっていると、妻に知らせてくれたか。
鑑賞
巻第十八 4138

詞書「墾田の地を検察する事に縁りて、礪波郡の主帳多治比部北里の家に宿る。時に忽ちに風雨起こり、辞去すること得ずして作る歌一首」
 薮波の里に宿を借り、春雨に降りこめられて籠もっていると、妻に知らせてくれたかと詠む。墾田の検察のために砺波郡を訪れ、郡の主帳の家に泊まったところ、急な風雨で帰れなくなった折の歌で、足止めされた旅先から家の妻を思う心が表れている。
 作者の大伴家持は大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされ、本巻は家持の越中時代の歌日誌の性格をもつ。
 左注に「二月十八日に、守大伴宿禰家持作る」とあり、天平勝宝二年(750)の作である。本巻の巻末の歌で、巻頭の第四千三十二首では家持が客の福麻呂を館に迎えて海へ誘っていたのに対し、巻末では家持自身が旅先で宿を借り、雨に閉じ込められている。迎える者から宿る者へと立場が反転し、一巻が閉じられている。

 初句「薮波の」薮波は越中国砺波郡の地名で、現在の富山県小矢部市のあたりとされる。
 二句「里に宿借り」詞書にある主帳多治比部北里の家に泊まったことを指す。
 三句「春雨に」詞書の「忽ちに風雨起こり」を受け、春の雨に降りこめられたことをいう。
 四句「隠りつつむと」「隠る」は家の中に籠もる、「つつむ」は雨などに妨げられて引きこもる意である。雨で外に出られない状態をいう。
 結句「妹に告げつや」「つ」は完了、「や」は疑問で、妻に告げてくれたかと、使いの者に問いかける形で結ぶ。旅先で足止めされた身から家の妻へ心を向けて、巻を閉じている。

つつむ:雨などに妨げられて引きこもる。慎む
やぶなみ:越中国砺波郡の地名。現在の富山県小矢部市のあたり
こもる:隠れる。中にとどまって外に出ない
作者
大伴家持
出典
万葉集
前の歌
正月立つ春の初めにかくしつつ 相し笑みてば時じけめやも
次の歌
春の園紅にほふ桃の花 下照る道に出で立つ娘子