- 歌の意味
-
春の園に紅色に照り映える桃の花。その花の色で木の下まで赤く照り輝く道に、出て立っている少女よ。
- 鑑賞
-
巻第十九 4139
詞書「天平勝宝二年三月一日の暮に、春苑の桃李の花を眺矚して作る二首」
万葉集巻十九の巻頭を飾る大伴家持の代表歌で、春の庭に紅に咲き匂う桃の花と、その花明かりの下に立つ少女の姿を一幅の絵のように描いている。詞書から、天平勝宝二年(750)三月一日の夕暮れ、越中国守の館の庭の桃と李を眺めて詠んだことがわかる。
花の紅と少女の姿を重ねる構図は、正倉院の「鳥毛立女屏風」に見られる樹下美人図を思わせるとしばしば評され、唐風の美意識を和歌に取り込んだ作として名高い。巻十九冒頭に並ぶこの春の一連は、家持の越中時代の歌境が最も充実した作品群とされる。
巻頭の華やかな春の景は、巻末の「うらうらに照れる春日にひばり上がり」(本巻の第四千二百九十二首)に描かれる春愁と呼応し、一巻が春に始まり春に終わる構成となっている。
作者の大伴家持は、大納言大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として越中国府(現在の富山県高岡市伏木)に赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされる奈良時代を代表する歌人である。
初句「春の園」は、詞書の漢語「春苑」を和らげた言い方で、漢詩的な響きをもって場面を設定している。
二句「紅にほふ」の「にほふ」は、香りではなく色が鮮やかに照り映えることをいう。次歌の白い李の花と、色の上で対をなしている。
三句「桃の花」は名詞で、ここで切れる三句切れと読む説と、下の句へ続けて読む説とがある。いずれにしても上の句全体が花の紅の明るさを描き出す。
四句「下照る道に」は、桃の花の紅で樹下の道までもが赤く照り輝くさまをいう。花の色が空間を満たす表現で、絵画的な効果が際立つ。
結句「出で立つ娘子」は体言止めで、花明かりの中に立つ少女の姿を印象鮮やかに結んでいる。
にほふ:色が美しく照り映える
したでる:木の下が花の色などで照り輝く
をとめ:年若い娘
- 作者
-
大伴家持
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
薮波の里に宿借り春雨に 隠りつつむと妹に告げつや
- 次の歌
-
吾が園の李の花か庭に散る はだれのいまだ残りたるかも