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吾が園の李の花か庭に散る
はだれのいまだ残りたるかも

歌の意味
我が家の園の李の花が庭に散っているのだろうか。それとも、はだれ雪がまだ消え残っているのだろうか。
鑑賞
巻第十九 4140

詞書は前の歌に続き「天平勝宝二年三月一日の暮に、春苑の桃李の花を眺矚して作る二首」
 庭に白く散り敷くものを見て、李の花が散ったのか、まだ斑雪が残っているのかと迷ってみせた歌である。散る花を雪に見立てる趣向で、北国越中の遅い春ならではの実感も込められている。
 前歌の紅の桃に対して白の李を詠み、二首で紅白の対をなしている。また、花と雪の見分けがつかないという発想は、父大伴旅人が大宰府の梅花の宴で詠んだ「わが園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも」(巻第五の第八百二十二首)を思わせ、初句「吾が園の」もその歌と通い合う。
 作者の大伴家持は、大納言大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として越中国府(現在の富山県高岡市伏木)に赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされる奈良時代を代表する歌人である。

 初句「吾が園の」は、前歌の初句「春の園」を受けて、同じ庭を自らのものとして言い直している。
 二句「李の花か」の「か」は疑問の係助詞で、庭に散っているのは李の花なのかと問いかける。
 三句「庭に散る」は、「か」を受けて連体形で結び、李の花が散るさまを示す。ここまでが一つ目の推量である。
 四句「はだれのいまだ」の「はだれ」は、まだらに降り積もった薄い雪をいう。花の白を雪に重ねる見立てがここで示される。
 結句「残りたるかも」の「かも」は疑問と詠嘆を兼ね、花か雪かの二つの可能性を対置したまま、目の前の白さへの驚きで結んでいる。

すもも:バラ科の落葉樹、春に白い花を咲かせる
はだれ:はらはらとまだらに降り積もった薄雪
作者
大伴家持
出典
万葉集
前の歌
春の園紅にほふ桃の花 下照る道に出で立つ娘子
次の歌
春まけてもの悲しきにさ夜更けて 羽振き鳴く鴫誰が田にか住む