春の日に張れる柳を取り持ちて
見れば都の大道し思ほゆ
- 歌の意味
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春の日に芽吹いた柳の枝を手に取って見ると、都の大路が思い出される。
- 鑑賞
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巻第十九 4142
詞書「二日、柳黛を攀ぢて京師を思ふ歌一首」
芽吹いた柳の枝を手にしたことをきっかけに、遠い平城京の大路を思い起こした望郷の歌である。詞書の「柳黛」は、柳の葉を女性の眉に見立てた漢語で、唐風の言葉選びがうかがえる。
平城京の朱雀大路などには柳が植えられていたとされ、手の中の柳一枝から、都の広い大路の並木へと思いが広がっていく。越中で迎えた春が、都への思慕をいっそう募らせていることがわかる。
作者の大伴家持は、大納言大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として越中国府(現在の富山県高岡市伏木)に赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされる奈良時代を代表する歌人である。
初句「春の日に」は、うららかな春の日差しの中という時と場を示す。
二句「張れる柳を」の「張る」は、木の芽がふくらむ、芽吹く意で、新芽の萌え出た柳の枝をいう。
三句「取り持ちて」は、詞書の「攀ぢて」に対応し、枝を引き寄せて手に取る動作を示す。
四句「見れば都の」は、手にした柳を見つめる行為が、そのまま都への連想へと転じる転換点である。
結句「大道し思ほゆ」の「し」は強意の副助詞、「思ほゆ」は自然と思われる意の自発の表現で、意図せず都の大路が心に浮かんでくることを表している。
はる:木の芽がふくらむ、芽吹く
おほち:都の大路、大通り
おもほゆ:自然に思われる、思い出される
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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春まけてもの悲しきにさ夜更けて 羽振き鳴く鴫誰が田にか住む
- 次の歌
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もののふの八十娘子らが汲み乱ふ 寺井の上の堅香子の花