言とはぬ木すら春咲き秋づけば
もみち散らくは常をなみこそ
- 歌の意味
-
ものを言わない木でさえ、春には花が咲き、秋になれば紅葉して散るのは、この世が常ならぬものだからこそだ。
- 鑑賞
-
巻第十九 4161
詞書は前の歌に続き「世間の無常を悲しぶる歌一首并せて短歌」
世の無常を悲しむ長歌の反歌一首目で、ものを言わない草木でさえ春に咲き秋に散るのは、この世に永遠なものがないからだと詠んでいる。長歌で月の満ち欠けや山の木々の移ろいを挙げて無常を説いたのを受け、自然の姿にその理を見出している。
仏教的な無常観を背景とし、山上憶良の作風に学んだ思想的な歌とされる。原文には「一に云ふ、常なけむとぞ」という異伝が注記されており、結句を「常がないからだろうとて」とする形も伝わっていた。ここでは本文の形を採る。
作者の大伴家持は、大納言大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として越中国府(現在の富山県高岡市伏木)に赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされる奈良時代を代表する歌人である。
初句「言とはぬ」の「言とふ」はものを言う意で、ものを言わない木の意となり、人間との対比を準備している。
二句「木すら春咲き」の「すら」は「〜でさえ」の意で、心を持たない木でさえ移ろうのだから人はなおさらだという含みをもつ。
三句「秋づけば」の「秋づく」は秋らしくなる意で、春から秋へと季節を一気に移している。
四句「もみち散らくは」の「散らく」は散ることの意で、紅葉して散るという移ろいを名詞的にとらえている。
結句「常をなみこそ」の「なみ」は「無し」に原因を表す「み」がついた形で、常がないからこそと理由を強調して結んでいる。
こととふ:ものを言う
あきづく:秋らしくなる
もみつ:草木の葉が色づく、紅葉する
- 作者
-
大伴家持
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
礒の上のつままを見れば根を延へて 年深からし神さびにけり
- 次の歌
-
うつせみの常なき見れば世の中に 心つけずて思ふ日ぞ多き