うつせみの常なき見れば世の中に
心つけずて思ふ日ぞ多き
- 歌の意味
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この世に生きる人の身が常ならぬものであるのを見ると、世の中に心を寄せることもできず、もの思いをする日が多いことだ。
- 鑑賞
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巻第十九 4162
詞書は前の歌に続き「世間の無常を悲しぶる歌一首并せて短歌」
無常の長歌の反歌二首目で、人の身の常ならぬことを見るにつけ、世の中に執着する気にもなれず、もの思いに沈む日が多いと詠んでいる。前歌が草木の移ろいを通して無常を説いたのに対し、この歌は人の身へと視点を移し、自らの心境を述べている。
原文には「一に云ふ、嘆く日ぞ多き」という異伝が注記されており、結句を「嘆く日が多いことだ」とする形も伝わっていた。ここでは本文の形を採る。
作者の大伴家持は、大納言大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として越中国府(現在の富山県高岡市伏木)に赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされる奈良時代を代表する歌人である。
初句「うつせみの」は、この世に生きている人、現世の意で、人の身のはかなさを主題として示している。
二句「常なき見れば」は、常ならぬさまを見ると、の意で、前歌の結句「常をなみこそ」を受けて無常を確認している。
三句「世の中に」は、心を寄せる対象としての世間を示している。
四句「心つけずて」は、心を寄せないで、執着しないでの意で、世を厭う気持ちを表している。
結句「思ふ日ぞ多き」は、係助詞「ぞ」を受けて連体形「多き」で結ぶ係り結びで、もの思いの日の多さを強調している。
うつせみ:この世に生きている人、現世
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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言とはぬ木すら春咲き秋づけば もみち散らくは常をなみこそ
- 次の歌
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妹が袖我れ枕かむ川の瀬に 霧立ちわたれさ夜更けぬとに