毎年に来鳴くものゆゑ霍公鳥
聞けば偲はく逢はぬ日を多み
- 歌の意味
-
毎年きまってやって来て鳴くものだから、ほととぎすの声を聞くと懐かしく思われる。逢わない日が多かったので。
- 鑑賞
-
巻第十九 4168
詞書は前の歌に続き「霍公鳥并せて時の花を詠む歌一首并せて短歌」反歌二首
長歌の反歌二首目で、ほととぎすは毎年欠かさずやって来て鳴くものだからこそ、その声を聞くと、逢えなかった一年の長さが思われて懐かしく感じられると詠んでいる。前歌が花を受けたのに対し、この歌は長歌のほととぎすの部分を受けている。
原文には「毎年は、としのはと謂ふ」という原注があり、「毎年」を「としのは」と訓むことが示されている。左注に「右、二十日、いまだ時に及ばずといへども、興に依りて預め作る」とあり、三月二十日に、まだ季節には早いが興にまかせて前もって作ったものであることがわかる。
作者の大伴家持は、大納言大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として越中国府(現在の富山県高岡市伏木)に赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされる奈良時代を代表する歌人である。
初句「毎年に」は「としのは」と訓み、毎年の意で、ほととぎすの変わらぬ訪れを示している。
二句「来鳴くものゆゑ」の「ものゆゑ」は原因や理由を表し、毎年来て鳴くものだからの意となる。
三句「霍公鳥」は、一首の中心となる鳥の名を中央の句に据えている。
四句「聞けば偲はく」の「偲はく」は慕わしく思われることの意で、声を聞いて懐かしさが湧くさまを表している。
結句「逢はぬ日を多み」の「〜を〜み」は原因を表す語法で、逢わない日が多いのでと理由を示し、倒置的に四句を説明して結んでいる。
としのは:毎年
きなく:来て鳴く
- 作者
-
大伴家持
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
時ごとにいやめづらしく咲く花を 折りも折らずも見らくしよしも
- 次の歌
-
白玉の見が欲し君を見ず久に 鄙にし居れば生けるともなし