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常人も起きつつ聞くぞ霍公鳥
この暁に来鳴く初声

歌の意味
普通の人でさえ起きて聞くのだ。ほととぎすがこの夜明けにやって来て鳴く初声は。
鑑賞
巻第十九 4171

詞書「二十四日は立夏四月の節に応れり。これによりて二十三日の暮に、忽ちに霍公鳥の暁に喧かむ声を思ひて作る歌二首」
 立夏の前夜、明日の明け方にはほととぎすが来て初声を聞かせるだろうと思いやって詠んだ歌である。風流を解さない普通の人でさえ起きて聞く初声なのだから、まして自分はと、ほととぎすの初音を待ちわびる心を表している。
 暦の上での立夏を境にほととぎすの到来を待つという発想は、暦と季節の景物とを結びつける家持の繊細な季節感をよく示している。
 作者の大伴家持は、大納言大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として越中国府(現在の富山県高岡市伏木)に赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされる奈良時代を代表する歌人である。

 初句「常人も」の「常人」は普通の人、風流を解さない並の人の意で、「も」が「〜でさえ」の意を表している。
 二句「起きつつ聞くぞ」の「ぞ」は強意の終助詞で、起きて聞くのだと言い切り、ここで切れる二句切れとなっている。
 三句「霍公鳥」は、一首の主題となる鳥の名を置き、以下の句へとつなげている。
 四句「この暁に」の「暁」は夜明け前のまだ暗いころをいい、詞書の立夏の朝を指している。
 結句「来鳴く初声」は体言止めで、二句の「聞く」の対象を最後に示す倒置の構成となっている。

つねひと:普通の人、風流を解さない並の人
あかとき:夜明け前のまだ暗いころ
はつこゑ:その季節に初めて聞く鳥の声
作者
大伴家持
出典
万葉集
前の歌
白玉の見が欲し君を見ず久に 鄙にし居れば生けるともなし
次の歌
霍公鳥来鳴き響めば草取らむ 花橘を宿には植ゑずて