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春のうちの楽しき終は梅の花
手折り招きつつ遊ぶにあるべし

歌の意味
春のうちで楽しいことの極みは、梅の花を手折って招き寄せながら遊ぶことであるに違いない。
鑑賞
巻第十九 4174

詞書「筑紫の大宰の時の春苑梅の歌に追和する一首」
 父大伴旅人が大宰帥であった天平二年(730)正月、その館で催された梅花の宴の歌群(巻第五)に、二十年を経て追和した歌である。春の楽しみの極みは梅の花を手折り、それを招き寄せるようにして遊ぶことだと、梅花の宴の雅びを讃えている。
 左注に「右の一首は、二十七日に興に依りて作る」とあり、三月二十七日に興にまかせて作ったことがわかる。越中にあって父の時代の大宰府の宴を偲ぶ家持の思いが、追和という形で表されている。
 作者の大伴家持は、大納言大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として越中国府(現在の富山県高岡市伏木)に赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされる奈良時代を代表する歌人である。

 初句「春のうちの」は、春という季節の中での意で、春の楽しみを総括する視点を示している。
 二句「楽しき終は」の「終」は終わり、極みの意で、楽しいことの最たるものはと主題を提示している。
 三句「梅の花」は、梅花の宴を象徴する花を一首の中心に置いている。
 四句「手折り招きつつ」の「招く」は呼び寄せる意で、梅の枝を手折り、招き寄せるようにして楽しむさまを表している。
 結句「遊ぶにあるべし」は字余りで、「べし」は確信をもった推量を表し、楽しみの極みはこれだと断定的に結んでいる。

をへ:終わり、極み
をく:招く、呼び寄せる
作者
大伴家持
出典
万葉集
前の歌
妹を見ず越の国辺に年経れば 我が心どのなぐる日もなし
次の歌
霍公鳥今来鳴きそむあやめぐさ かづらくまでに離るる日あらめや