霍公鳥今来鳴きそむあやめぐさ
かづらくまでに離るる日あらめや
- 歌の意味
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ほととぎすが今ちょうど来て鳴き始めた。あやめぐさを髪飾りにする五月の節句まで、来なくなる日などあるだろうか、ありはしない。
- 鑑賞
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巻第十九 4175
詞書「霍公鳥を詠む二首」
ほととぎすが鳴き始めた喜びとともに、五月五日の節句にあやめぐさを髪飾りにするころまで、この鳥が来なくなる日などないだろうと詠んだ歌である。
原文には「毛能波の三箇の辞を闕く」という原注があり、助詞「も」「の」「は」の三つを用いずに詠むという言葉遊びの試みであったことがわかる。言葉の制約の中で自然な一首を成した家持の技巧がうかがえる。
作者の大伴家持は、大納言大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として越中国府(現在の富山県高岡市伏木)に赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされる奈良時代を代表する歌人である。
初句「霍公鳥」は、主題の鳥を冒頭に掲げ、助詞を伴わずに名を置いている。
二句「今来鳴きそむ」の「そむ」は〜し始める意で、ほととぎすがいま鳴き始めたことを示し、ここで切れる二句切れとなっている。
三句「あやめぐさ」は、五月五日の節句に髪飾りにしたショウブで、時期の目安となっている。
四句「かづらくまでに」の「かづらく」は髪飾りにする意で、節句の日までという期間を示している。
結句「離るる日あらめや」の「離る」は離れる、遠ざかる意で、「や」は反語を表し、来なくなる日などあるものかと強く言い切って結んでいる。
あやめぐさ:ショウブの古名、五月五日の節句に髪に飾った
かづらく:草花を髪飾りにする
かる:離れる、遠ざかる
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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春のうちの楽しき終は梅の花 手折り招きつつ遊ぶにあるべし
- 次の歌
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我が門ゆ鳴き過ぎ渡る霍公鳥 いやなつかしく聞けど飽き足らず