霍公鳥飼ひ通せらば今年経て
来向ふ夏はまづ鳴きなむを
- 歌の意味
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ほととぎすを飼い通すことができたなら、今年が過ぎてまた巡ってくる夏には、真っ先に鳴くだろうに。
- 鑑賞
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巻第十九 4183
詞書は前の歌に続き「霍公鳥の情に飽かぬことを感じて懐を述べて作る歌一首并せて短歌」反歌三首
反歌の三首目で、ほととぎすを一年中飼い通すことができたなら、来年の夏には他のどこよりも先に我が家で鳴くだろうにと詠んでいる。前歌で捕らえて手なずけようとした発想をさらに進め、来年の初音までを思い描いている。
一年先の初声を夢想する点に、ほととぎすへの尽きない愛着と、それが叶わぬことを知る寂しさとがあわせてにじんでいる。
作者の大伴家持は、大納言大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として越中国府(現在の富山県高岡市伏木)に赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされる奈良時代を代表する歌人である。
初句「霍公鳥」は、三首の反歌に共通する鳥の名を再び冒頭に置き、連作の統一を図っている。
二句「飼ひ通せらば」の「飼ひ通す」は飼い続ける意で、「ば」は仮定条件を表し、前歌の「なつけな」を受けている。
三句「今年経て」は、今年を過ごしての意で、時間を一年先へと延ばしている。
四句「来向ふ夏は」の「来向ふ」は巡ってくる意で、翌年の夏を示している。
結句「まづ鳴きなむを」の「なむ」は強い推量、「を」は詠嘆を含む逆接で、真っ先に鳴くだろうにと叶わぬ願いを込めて結んでいる。
かひとほす:飼い続ける
きむかふ:やって来る、巡ってくる
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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霍公鳥聞けども飽かず網捕りに 捕りてなつけな離れず鳴くがね
- 次の歌
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山吹の花取り持ちてつれもなく 離れにし妹を偲ひつるかも