叔羅川瀬を尋ねつつ我が背子は
鵜川立たさね心なぐさに
- 歌の意味
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叔羅川の瀬を探り歩きながら、あなたは鵜飼をなさってください。心の慰めに。
- 鑑賞
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巻第十九 4190
詞書は前の歌に続き「水烏を越前判官大伴宿祢池主に贈る歌一首并せて短歌」
越前の大伴池主に鵜を贈ったときの長歌の反歌一首目で、叔羅川の瀬をめぐりながら、心の慰めに鵜飼をしてほしいと勧めている。長歌で、鄙の地での物思いを晴らすために叔羅川で鵜を潜かせて遊んでほしいと述べたのを受けている。
叔羅川は越前国府の近くを流れる川で、現在の福井県の日野川にあたるとされる。友の慰めを気遣って鵜を贈る、家持と池主の厚い友情が表れている。左注に「右、九日に使に附けて贈る」とあり、四月九日に使者に託して鵜とともに贈ったことがわかる。
作者の大伴家持は、大納言大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として越中国府(現在の富山県高岡市伏木)に赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされる奈良時代を代表する歌人である。
初句「叔羅川」は、池主のいる越前の川の名を冒頭に掲げ、相手の土地に心を寄せている。
二句「瀬を尋ねつつ」は、鵜飼に適した瀬を探りめぐりながらの意である。
三句「我が背子は」は、親しい友である池主への呼びかけである。
四句「鵜川立たさね」の「鵜川立つ」は鵜飼をする意、「す」は尊敬、「ね」は他者への願望を表し、鵜飼をなさってほしいと勧めている。
結句「心なぐさに」は、心の慰めにの意で、長歌の結びに近い句を繰り返し、鵜を贈った目的を示して結んでいる。
うかは:鵜飼い、鵜を使って川で魚を捕ること
なぐさ:慰め
しくらがは:越前国府の近くを流れる川、現在の日野川とされる
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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藤波の花の盛りにかくしこそ 浦漕ぎ廻つつ年に偲はめ
- 次の歌
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鵜川立ち取らさむ鮎のしがはたは 我れにかき向け思ひし思はば