霍公鳥鳴く羽触れにも散りにけり
盛り過ぐらし藤波の花
- 歌の意味
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ほととぎすが鳴いて飛ぶ羽が触れただけでも散ってしまった。盛りを過ぎたらしい、藤の花は。
- 鑑賞
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巻第十九 4193
詞書は前の歌に続き「霍公鳥并せて藤の花を詠む一首并せて短歌」
ほととぎすと藤の花を詠んだ長歌の反歌で、ほととぎすが鳴いて飛ぶ羽が触れただけで藤の花が散ってしまった、もう盛りを過ぎたらしいと詠んでいる。長歌で、ほととぎすの羽ばたきに散る藤の花をなつかしんで袖にしごき入れたと述べたのを受け、季節の移ろいへの感慨を示している。
原文には「一に云ふ、散りぬべみ袖に扱入れつ藤波の花」という異伝が注記されており、下三句を「散ってしまいそうなので袖にしごき入れた、藤の花を」とする形も伝わっていた。ここでは本文の形を採る。左注に「同じき九日に作る」とある。
作者の大伴家持は、大納言大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として越中国府(現在の富山県高岡市伏木)に赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされる奈良時代を代表する歌人である。
初句「霍公鳥」は、長歌の題の一方である鳥を冒頭に置いている。
二句「鳴く羽触れにも」の「羽触れ」は羽が触れること、「にも」は〜だけでもの意で、わずかな接触で散るほど花が弱っていることを示している。
三句「散りにけり」の「けり」は詠嘆で、散ってしまったことへの気づきを表し、ここで切れる三句切れとなっている。
四句「盛り過ぐらし」の「らし」は根拠に基づく推定で、散ったことから盛りが過ぎたことを推し量っている。
結句「藤波の花」は体言止めで、四句の主語を倒置して最後に示し、長歌のもう一方の題である藤で結んでいる。
はぶれ:羽が触れること
ふぢなみ:藤の花房が風に揺れるさまを波に見立てた語
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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鵜川立ち取らさむ鮎のしがはたは 我れにかき向け思ひし思はば
- 次の歌
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霍公鳥鳴き渡りぬと告ぐれども 我れ聞き継がず花は過ぎつつ