霍公鳥鳴き渡りぬと告ぐれども
我れ聞き継がず花は過ぎつつ
- 歌の意味
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ほととぎすが鳴いて渡って行ったと人は告げるけれど、私は続けて聞くことができないまま、花は盛りを過ぎていく。
- 鑑賞
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巻第十九 4194
詞書「更に霍公鳥の哢くことの晩きを怨むる歌三首」
ほととぎすが鳴くのが遅いことを恨む三首の一首目で、人はほととぎすが鳴いて通っていったと知らせてくれるのに、自分はその声を続けて聞くことができず、花は盛りを過ぎていくと嘆いている。
詞書の「更に」は、前の霍公鳥と藤の花の歌に続けて、なお晩いことを怨むという意で、待ちわびる心が一連で深められていく。
作者の大伴家持は、大納言大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として越中国府(現在の富山県高岡市伏木)に赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされる奈良時代を代表する歌人である。
初句「霍公鳥」は、三首に共通する主題の鳥を冒頭に置いている。
二句「鳴き渡りぬと」の「ぬ」は完了で、鳴いて通り過ぎていったと人が伝えた内容を示している。
三句「告ぐれども」は、人が知らせてくれるけれどもの意で、逆接によって自分との落差を示している。
四句「我れ聞き継がず」の「聞き継ぐ」は続けて聞く意で、一度聞いたきりでその後聞けないことを嘆いている。
結句「花は過ぎつつ」の「つつ」は継続を表し、ほととぎすを待つうちに花が盛りを過ぎていく時の推移を示して結んでいる。
ききつぐ:続けて聞く
すぐ:盛りが過ぎる
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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霍公鳥鳴く羽触れにも散りにけり 盛り過ぐらし藤波の花
- 次の歌
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我がここだ偲はく知らに霍公鳥 いづへの山を鳴きか越ゆらむ