我がここだ偲はく知らに霍公鳥
いづへの山を鳴きか越ゆらむ
- 歌の意味
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私がこれほど慕っているのも知らずに、ほととぎすは、どのあたりの山を鳴きながら越えているのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十九 4195
詞書は前の歌に続き「更に霍公鳥の哢くことの晩きを怨むる歌三首」
三首の二首目で、自分がこれほどまでに慕っていることも知らないで、ほととぎすは今どこの山を鳴きながら越えているのだろうかと詠んでいる。前歌で聞けない嘆きを述べたのに続き、姿の見えない鳥の行方を思いやっている。
一方的な思慕を恋の歌のように詠む点に、ほととぎすへの愛着の深さと、待つ身の恨めしさとが表れている。
作者の大伴家持は、大納言大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として越中国府(現在の富山県高岡市伏木)に赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされる奈良時代を代表する歌人である。
初句「我がここだ」の「ここだ」は、こんなにもたくさん、これほどの意で、慕う思いの深さを示している。
二句「偲はく知らに」の「偲はく」は慕うこと、「知らに」は知らないでの意で、鳥がこちらの思いを知らないことを恨んでいる。
三句「霍公鳥」は呼びかけを含み、思いを寄せる相手として鳥の名を置いている。
四句「いづへの山を」の「いづへ」はどのあたりの意で、鳥の行方への問いを示している。
結句「鳴きか越ゆらむ」は、係助詞「か」を受けて連体形「らむ」で結ぶ係り結びで、今ごろどこを越えているのかと推量して結んでいる。
いづへ:どのあたり、どの方面
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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霍公鳥鳴き渡りぬと告ぐれども 我れ聞き継がず花は過ぎつつ
- 次の歌
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月立ちし日より招きつつうち偲ひ 待てど来鳴かぬ霍公鳥かも