いささかに思ひて来しを多胡の浦に
咲ける藤見て一夜経ぬべし
- 歌の意味
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ほんのちょっと立ち寄るつもりで来たのに、多胡の浦に咲いている藤を見て、一夜を過ごしてしまいそうだ。
- 鑑賞
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巻第十九 4201
詞書は前の歌に続き「十二日、布勢の水海に遊覧するに、多胡の湾に船泊てして藤の花を望み見て、各懐を述べて作る歌四首」
多胡の浦での四首の三首目で、ほんのちょっとのつもりで来たのに、多胡の浦に咲く藤の見事さに見とれて、一夜を過ごしてしまいそうだと詠んでいる。軽い気持ちで来た自分と、去りがたいほどの藤の美しさとの対比によって、景色を讃えている。
左注に「判官久米朝臣広縄」とあり、守、介に続いて掾の広縄が唱和している。
作者の久米広縄は、越中国の掾(国司の第三等官で、判官とも記される)として家持の下で仕えた官人で、家持と歌のやりとりを重ねた人物である。
初句「いささかに」は、ほんの少し、ちょっとの意で、軽い気持ちで訪れたことを示している。
二句「思ひて来しを」の「を」は逆接で、〜のにと、予想に反する展開を導いている。
三句「多胡の浦に」は、前歌の初句と同じ地名を置き、唱和の連なりを示している。
四句「咲ける藤見て」は、咲いている藤を見ての意で、心を奪われるきっかけを示している。
結句「一夜経ぬべし」の「ぬべし」は強い推量で、きっと一夜を過ごしてしまうだろうと、去りがたい心を表して結んでいる。
ふ:時を過ごす
- 作者
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久米広縄
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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多胡の浦の底さへにほふ藤波を かざして行かむ見ぬ人のため
- 次の歌
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藤波を仮廬に作り浦廻する 人とは知らに海人とか見らむ