藤波を仮廬に作り浦廻する
人とは知らに海人とか見らむ
- 歌の意味
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藤の花を仮小屋のようにしつらえて浦をめぐる私たちを、風流を楽しむ人とは知らないで、人は漁師だと見ているだろうか。
- 鑑賞
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巻第十九 4202
詞書は前の歌に続き「十二日、布勢の水海に遊覧するに、多胡の湾に船泊てして藤の花を望み見て、各懐を述べて作る歌四首」
多胡の浦での四首の結びで、藤の花を仮小屋のように飾って浦をめぐっている自分たちを、風流の遊びをしている人とは知らずに、よそ目には漁師と見ているだろうかと詠んでいる。藤の下で舟遊びをする一行の姿を、外からの視点でとらえたユーモアのある歌である。
左注に「久米朝臣継麻呂」とあり、官職の記されない継麻呂が四首の最後を締めくくっている。
作者の久米継麻呂は、伝未詳の人物で、久米広縄の同族と考えられ、この遊覧に同行していた。
初句「藤波を」は、前歌までと同じく藤の花を冒頭に置き、唱和の一貫性を保っている。
二句「仮廬に作り」の「仮廬」は仮に作った粗末な小屋の意で、藤の花を屋根のようにしつらえたさまを表している。
三句「浦廻する」の「浦廻」は浦をめぐることで、舟で浦の入り組んだあたりをめぐるさまを示している。
四句「人とは知らに」の「知らに」は知らないでの意で、自分たちが風雅を楽しむ人であることを人は知らないと述べている。
結句「海人とか見らむ」は、係助詞「か」を受けて連体形「らむ」で結ぶ係り結びで、漁師と見ているだろうかと推量して結んでいる。
かりいほ:仮に作った粗末な小屋
うらみ:浦の入り組んだあたり、浦をめぐること
あま:漁師
- 作者
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久米継麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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いささかに思ひて来しを多胡の浦に 咲ける藤見て一夜経ぬべし
- 次の歌
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家に行きて何を語らむあしひきの 山霍公鳥一声も鳴け