我が背子が捧げて持てるほほがしは
あたかも似るか青き蓋
- 歌の意味
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あなたが捧げ持っているホオノキの葉は、まるで青い絹傘によく似ていることだ。
- 鑑賞
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巻第十九 4204
詞書「攀ぢ折れる保宝葉を見る歌二首」
遊覧の帰途、ホオノキの大きな葉を手折って捧げ持つ家持の姿を見て、その葉がまるで貴人に差しかける青い絹傘のようだと詠んだ歌である。「我が背子」は家持を指すと考えられ、国守を貴人になぞらえて讃える挨拶の心が込められている。
「あたかも」は漢文訓読に由来する語で、万葉集では珍しく、僧侶である作者の教養がうかがえる。左注に「講師僧恵行」とある。
作者の恵行は、越中国の講師(国ごとに置かれ、僧尼の監督や経典の講説を担った僧官)を務めた僧で、家持ら国司の遊覧に同行していた。
初句「我が背子が」の「背子」は親しい男性への呼びかけで、ここでは家持を指すと考えられる。
二句「捧げて持てる」は、両手で高く掲げ持っているさまを表し、蓋に見立てる準備となっている。
三句「ほほがしは」は、ホオノキの大きな葉をいい、食物を盛るのにも用いられた。
四句「あたかも似るか」の「あたかも」は漢文訓読的な語で、「か」は詠嘆を表し、ここで切れる四句切れとなっている。
結句「青き蓋」は体言止めで、緑の葉を貴人の青い絹傘に見立て、倒置によって比喩の対象を最後に示して結んでいる。
ほほがしは:ホオノキの葉、食物を盛るのにも用いた
きぬがさ:貴人に差しかける長い柄の絹張りの傘
かうじ:講師、国ごとに置かれ僧尼の監督や経典の講説を担った僧官
- 作者
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恵行
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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家に行きて何を語らむあしひきの 山霍公鳥一声も鳴け
- 次の歌
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皇祖の遠御代御代はい重き折り 酒飲みきといふぞこのほほがしは