我がここだ待てど来鳴かぬ霍公鳥
ひとり聞きつつ告げぬ君かも
- 歌の意味
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私がこれほど待っているのに来て鳴かないほととぎすの声を、ひとりで聞きながら、知らせてもくれないあなたであることよ。
- 鑑賞
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巻第十九 4208
詞書は前の歌に続き「二十二日、判官久米朝臣広縄に贈る霍公鳥の怨恨の歌一首并せて短歌」反歌一首
四月二十二日に久米広縄に贈った、ほととぎすをめぐる怨みの長歌の反歌で、自分がこれほど待っているのに来て鳴かないほととぎすを、ひとりで聞いていながら知らせてもくれないあなただと、広縄を恨んでみせている。長歌で、広縄の家は谷に近いのでほととぎすの声を聞いているはずなのに告げてくれないのがつらいと述べたのを受けている。
本気の恨みではなく、ほととぎすへの執着を友への軽い恨み言として表した戯れの歌で、国司同士の親しい交わりがうかがえる。次の長歌と反歌で、広縄がこれに和している。
作者の大伴家持は、大納言大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として越中国府(現在の富山県高岡市伏木)に赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされる奈良時代を代表する歌人である。
初句「我がここだ」の「ここだ」は、これほど、こんなにもの意で、待つ思いの深さを示している。本巻の第四千百九十五首の初句と同じ句である。
二句「待てど来鳴かぬ」は、待っているのに来て鳴かないの意で、逆接によって不満を表している。
三句「霍公鳥」は、待ちわびる鳥の名を中央に置いている。
四句「ひとり聞きつつ」は、広縄がひとりでその声を聞いていることを示し、作者との対比をなしている。
結句「告げぬ君かも」の「かも」は詠嘆で、知らせてくれないあなたよと、親しみをこめた恨み言で結んでいる。
つぐ:知らせる
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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渋谿をさして我が行くこの浜に 月夜飽きてむ馬しまし止め
- 次の歌
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藤波の茂りは過ぎぬあしひきの 山霍公鳥などか来鳴かぬ