藤波の茂りは過ぎぬあしひきの
山霍公鳥などか来鳴かぬ
- 歌の意味
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藤の花の盛りは過ぎてしまった。それなのに、山のほととぎすはどうしてやって来て鳴かないのか。
- 鑑賞
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巻第十九 4210
詞書は前の歌に続き「霍公鳥を詠む歌一首并せて短歌」
家持から、ほととぎすの声を独り聞いて知らせないと恨まれたのに和した長歌の反歌で、藤の花の盛りも過ぎてしまったのに、山のほととぎすはどうして来て鳴かないのかと詠んでいる。長歌で、谷の近くに住んでいるがほととぎすはまだ来て鳴かず、一声さえ聞こえないと弁明したのを受けている。
家持の戯れの恨みに対し、自分もまだ聞いていないと答えて、ともにほととぎすを待ちわびる心を共有している。左注に「右、二十三日、掾久米朝臣広縄和ふ」とある。
作者の久米広縄は、越中国の掾(国司の第三等官で、判官とも記される)として家持の下で仕えた官人で、家持と歌のやりとりを重ねた人物である。
初句「藤波の」は、藤の花房を波に見立てた語で、ほととぎすと取り合わされる花を示している。
二句「茂りは過ぎぬ」の「茂り」は盛りの意、「ぬ」は完了で、藤の盛りがもう過ぎたと述べ、ここで切れる二句切れとなっている。
三句「あしひきの」は「山」にかかる枕詞である。
四句「山霍公鳥」は、山に住むほととぎすを示し、本巻の第四千二百三首の四句と同じ語である。
結句「などか来鳴かぬ」は、係助詞「か」を受けて連体形「ぬ」で結ぶ係り結びで、どうして来て鳴かないのかと嘆いて結んでいる。
しげり:盛り
- 作者
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久米広縄
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我がここだ待てど来鳴かぬ霍公鳥 ひとり聞きつつ告げぬ君かも
- 次の歌
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娘子らが後の標と黄楊小櫛 生ひ変り生ひて靡きけらしも