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娘子らが後の標と黄楊小櫛
生ひ変り生ひて靡きけらしも

歌の意味
処女が後の世への証にと墓に挿した黄楊の小櫛が、生え変わり生え変わりして木となり、靡いているらしい。
鑑賞
巻第十九 4212

詞書は前の歌に続き「処女墓の歌に追ひて同ふる一首并せて短歌」
 摂津の菟原処女の伝説を詠んだ長歌の反歌で、処女が後の世への証として墓に挿した黄楊の小櫛が、生え変わり生え変わりして木となり、今も靡いているらしいと詠んでいる。二人の男に求婚されて思い悩み、命を絶った処女の伝説を、墓の黄楊の木に託して偲んでいる。
 菟原処女の伝説は、高橋虫麻呂(巻第九の第千八百九首)や田辺福麻呂(巻第九の第千八百一首)がすでに長歌に詠んでおり、題の「追ひて同ふる」はそれらの先行作に後から唱和したことを示す。左注に「右、五月六日に、興に依りて大伴宿祢家持作る」とある。
 作者の大伴家持は、大納言大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として越中国府(現在の富山県高岡市伏木)に赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされる奈良時代を代表する歌人である。

 初句「娘子らが」の「ら」は親しみを添える接尾語で、伝説の菟原処女を指している。
 二句「後の標と」の「標」は証、記念の意で、後の世の人に偲んでもらうための証としてという目的を示している。
 三句「黄楊小櫛」は、ツゲの木で作った小さな櫛で、長歌の結びに詠まれた墓に挿した櫛を受けている。
 四句「生ひ変り生ひて」は字余りで、「生ひ」を重ねることにより、櫛が根づいて木となり、代を重ねて生え続けてきた長い時の流れを表している。
 結句「靡きけらしも」の「けらし」は過去の推定、「も」は詠嘆で、今も靡いているらしいと伝説への感慨を込めて結んでいる。

つげをぐし:ツゲの木で作った小さな櫛
しるし:証、記念
おふ:生える、育つ
作者
大伴家持
出典
万葉集
前の歌
藤波の茂りは過ぎぬあしひきの 山霍公鳥などか来鳴かぬ
次の歌
東風をいたみ奈呉の浦廻に寄する波 いや千重しきに恋ひわたるかも