我が宿の萩咲きにけり秋風の
吹かむを待たばいと遠みかも
- 歌の意味
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我が家の庭の萩が咲いた。秋風が吹くのを待っていては、あまりにも遠いからだろうか。
- 鑑賞
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巻第十九 4219
詞書はなく、左注に「右の一首は、六月十五日に萩の早き花を見て作る」とある
六月十五日、まだ夏のうちに庭の萩が早くも咲いたのを見て、秋風が吹くのを待っていてはあまりに遠いので、待ちきれずに咲いたのだろうかと詠んだ歌である。萩を擬人化し、秋を待ちきれない花の心を思いやっている。
萩は秋を代表する花であり、季節に先がけて咲いた早花への驚きと、季節の移ろいに敏感な家持の感性がうかがえる。
作者の大伴家持は、大納言大伴旅人の子で、天平十八年(746)から越中守として越中国府(現在の富山県高岡市伏木)に赴任していた。万葉集の編纂に深く関わったとされる奈良時代を代表する歌人である。
初句「我が宿の」は、我が家の庭のという身近な場所を示している。
二句「萩咲きにけり」の「けり」は気づきの詠嘆で、早くも咲いたことへの驚きを示し、ここで切れる二句切れとなっている。
三句「秋風の」は、萩が本来咲くべき秋の季節を示している。
四句「吹かむを待たば」の「ば」は仮定で、秋風が吹くのを待っていたならの意である。
結句「いと遠みかも」の「遠み」は遠いのでの意、「かも」は疑問と詠嘆で、待ちきれずに咲いたのかと萩の心を推し量って結んでいる。
はぎ:マメ科の低木、秋の七草の一つ
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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鮪突くと海人の灯せる漁り火の 秀にか出ださむ我が下思ひを
- 次の歌
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かくばかり恋しくしあらばまそ鏡 見ぬ日時なくあらましものを