かくばかり恋しくしあらばまそ鏡
見ぬ日時なくあらましものを
- 歌の意味
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これほど恋しいのならば、まそ鏡を見るように、あなたを見ない日も時もなく、そばにいるのだったのに。
- 鑑賞
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巻第十九 4221
詞書は前の歌に続き「京師より来贈せる歌一首并せて短歌」反歌一首
都にいる坂上郎女が、越中の家持のもとに下った娘の坂上大嬢に贈った長歌の反歌で、これほど恋しいと知っていたなら、鏡を見るように毎日毎時あなたを見て離れずにいたものをと、娘を手放した悔いと恋しさを詠んでいる。
長歌では、海神が櫛笥に大切にしまう玉にもまさって思ってきた娘が、世の理として夫に従い越へ下っていったのち、その面影がちらついて老いの身には堪えがたいと述べている。母の娘への情愛が率直に表された歌として名高い。左注に「右の二首は、大伴氏坂上郎女、女子の大嬢に賜ふ」とある。
作者の坂上郎女は、大伴安麻呂の娘で大伴旅人の異母妹にあたり、家持の叔母で、のちにその姑となった。万葉集に多くの歌を残す女性歌人である。
初句「かくばかり」は、これほどまでにの意で、恋しさの程度を強調している。
二句「恋しくしあらば」の「し」は強意、「ば」は仮定で、これほど恋しいと分かっていたならばの意を表している。
三句「まそ鏡」は、よく澄んだ鏡の意で、「見る」にかかる枕詞として四句の「見ぬ」を導いている。
四句「見ぬ日時なく」は、見ない日も時もなくの意で、片時も離れずにいることを示している。
結句「あらましものを」の「まし」は反実仮想、「ものを」は詠嘆を含む逆接で、そうしていたらよかったのにと悔やむ心を表して結んでいる。
まそかがみ:よく澄んだ鏡、「見る」にかかる枕詞
- 作者
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坂上郎女
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我が宿の萩咲きにけり秋風の 吹かむを待たばいと遠みかも
- 次の歌
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このしぐれいたくな降りそ我妹子に 見せむがために黄葉取りてむ