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大船に真楫しじ貫きこの我子を
唐国へ遣る斎へ神たち

歌の意味
大きな船に櫂をたくさん取り付けて、このいとしい子を唐の国へ遣わす。神々よ、どうか守ってください。
鑑賞
巻第十九 4240

詞書「春日にして神を祭る日に、藤原太后の作らす歌一首 即ち入唐大使藤原朝臣清河に賜ふ[参議従四位下遣唐使]」
 遣唐大使として唐へ渡る甥の藤原清河に、光明皇后が春日で神を祭る日に詠み与えた歌で、大船に櫂を数多く取り付けて、このいとしい子を唐国へ遣わすので、神々よどうか守ってほしいと祈っている。「この我子」という呼びかけに、甥を我が子のようにいつくしむ皇后の深い情愛が表れている。
 藤原清河を大使とする遣唐使は天平勝宝二年(750)に任命され、同四年(752)に難波を出航した。この歌から第四千二百四十七首までは、左注に「右の件の歌は、伝誦する人は越中大目高安倉人種麻呂これなり。ただし年月の次は聞きし時の随にここに載す」とあるように、越中の官人高安種麻呂が伝え誦んだ遣唐使関係の歌群である。
 作者の光明皇后は、藤原不比等の娘で聖武天皇の皇后となり、このころは皇太后であった。清河の父房前は皇后の兄にあたる。

 初句「大船に」は、遣唐使の乗る大きな船を示し、遠い航海を思わせている。
 二句「真楫しじ貫き」の「真楫」は船の櫂、「しじ貫く」はたくさん取り付ける意で、航海の備えの万全さを表している。
 三句「この我子を」の「我子」はいとしい子への呼びかけで、甥の清河を我が子のように呼んでいる。
 四句「唐国へ遣る」は、唐の国へ遣わすの意で、遠い異国への旅立ちを示し、ここで切れる四句切れとなっている。
 結句「斎へ神たち」の「斎ふ」は神を祭って身の安全を祈る、守る意で、命令形により神々に守護を祈願して結んでいる。

まかぢ:船の櫂、楫
しじぬく:たくさん取り付ける
いはふ:神を祭って身の安全を祈る、守る
作者
光明皇后
出典
万葉集
前の歌
二上の峰の上の茂に隠りにし その霍公鳥待てど来鳴かず
次の歌
春日野に斎く三諸の梅の花 栄えてあり待て帰りくるまで