春日野に斎く三諸の梅の花
栄えてあり待て帰りくるまで
- 歌の意味
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春日野に祭る神の社の梅の花よ、栄えたまま待っていてくれ。私が帰って来るまで。
- 鑑賞
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巻第十九 4241
詞書「大使藤原朝臣清河の歌一首」
前歌の光明皇后の歌に答えるように、清河が春日野の神の社の梅の花に向かって、私が帰って来るまで栄えたまま待っていてくれと呼びかけた歌である。遣唐使の出発に先立ち春日で航海の安全を祈る祭りが行われており、その場の梅に帰国の願いを託している。
清河は結局帰国を果たせず唐で没したため、後世この歌は哀切な響きをもって読まれる。藤原清河を大使とする遣唐使は天平勝宝二年(750)に任命され、同四年(752)に難波を出航した。
作者の藤原清河は、藤原房前の子で、光明皇后の甥にあたる。遣唐大使として唐に渡ったが、帰国の船が難破して唐に戻り、ついに帰国を果たせないまま唐で没した。
初句「春日野に」は、奈良の春日野を示し、航海安全を祈る祭りの場を指している。
二句「斎く三諸の」の「斎く」は身を清めて神を祭る意、「三諸」は神の降臨する所で、神の社を示している。
三句「梅の花」は、呼びかけの対象となる社の梅を示している。
四句「栄えてあり待て」は字余りで、「あり待つ」はずっと待ち続ける意、命令形で梅に待っていてくれと呼びかけている。
結句「帰りくるまで」は、倒置によって待つ期限を最後に示し、帰国への願いを込めて結んでいる。
いつく:身を清めて神を祭る
みもろ:神が降臨する所、神社
ありまつ:ずっと待ち続ける
- 作者
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藤原清河
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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大船に真楫しじ貫きこの我子を 唐国へ遣る斎へ神たち
- 次の歌
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天雲の行き帰りなむものゆゑに 思ひぞ我がする別れ悲しみ