天雲のそきへの極み我が思へる
君に別れむ日近くなりぬ
- 歌の意味
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天の雲が遠く離れていく果てのように限りなく、私が思っている母上と別れる日が近くなった。
- 鑑賞
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巻第十九 4247
詞書「阿倍朝臣老人の唐に遣はさるる時に、母に奉る悲別の歌一首」
遣唐使として唐へ遣わされる阿倍老人が、母に別れを告げた歌で、天の雲の果てるところまで限りなく思っている母と別れる日が近くなったと、深い母への思いを詠んでいる。
左注に「右の件の歌は、伝誦する人は越中大目高安倉人種麻呂これなり。ただし年月の次は聞きし時の随にここに載す」とあり、本巻の第四千二百四十首からの遣唐使関係の歌群を締めくくる。遠い異国へ旅立つ子の、母を慕う心が素朴に表れている。
作者の阿倍老人は、遣唐使の一員として唐に渡った官人であるが、詳しい伝は明らかでない。
初句「天雲の」は、天の雲を示し、遠い果てを導いている。
二句「そきへの極み」の「そきへ」は遠く離れた果て、「極み」は果ての意で、限りなさを表している。
三句「我が思へる」は字余りで、私が思っているの意で、母への深い思慕を示している。
四句「君に別れむ」の「君」は母を指し、敬愛を込めて呼んでいる。
結句「日近くなりぬ」の「ぬ」は完了で、別れの日が近づいたことを示し、切なさを込めて結んでいる。本巻の第四千二百四十四首の結句「月近づきぬ」と似た結びで、遣唐使の歌群の中で別離の時の迫りが繰り返し詠まれている。
そきへ:遠く離れた果て
きはみ:果て、極限
- 作者
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阿倍老人
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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沖つ波辺波な越しそ君が船 漕ぎ帰り来て津に泊つるまで
- 次の歌
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あらたまの年の緒長く相見てし その心引き忘らえめやも