玉桙の道に出で立ち行く我れは
君が事跡を負ひてし行かむ
- 歌の意味
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旅の道へと出立して行く私は、あなたの立派な業績を背負って都へ行こう。
- 鑑賞
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巻第十九 4251
詞書「五日の平旦に上道す。よりて国司の次官已下の諸僚、皆共に視送る。時に射水郡の大領安努君広島、門前の林の中に預め餞饌の宴を設く。ここに大帳使大伴宿祢家持、内蔵伊美吉縄麻呂の盞を捧ぐる歌に和ふる一首」
八月五日の明け方、都へ旅立つ家持を、射水郡の大領安努広島が門前の林に設けた送別の宴で、介の縄麻呂が盃を捧げて詠んだ歌に和したもので、旅立つ私は、あなたの立派な業績を背負って都へ行こうと応えている。
国守として都へ報告に上る家持が、ともに国政を担った縄麻呂の功績を都に伝えようと約束する、感謝と信頼の挨拶である。縄麻呂の盃を捧げる歌は記録されていない。
作者の大伴家持は、大納言大伴旅人の子で、五年あまり越中守を務めたのち、天平勝宝三年(751)に少納言に任じられ、都へ上る途上にあった。万葉集の編纂に深く関わったとされる歌人である。
初句「玉桙の」は「道」にかかる枕詞である。
二句「道に出で立ち」は、旅の道へ出立するの意で、都への旅立ちを示している。
三句「行く我れは」は、旅立つ私はと自らを示している。
四句「君が事跡を」の「事跡」は事績、功績の意で、縄麻呂の国司としての業績を指している。
結句「負ひてし行かむ」の「し」は強意、「む」は意志で、背負って行こうと約束して結んでいる。
たまほこの:「道」にかかる枕詞
ことと:事績、功績
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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しなざかる越に五年住み住みて 立ち別れまく惜しき宵かも
- 次の歌
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君が家に植ゑたる萩の初花を 折りてかざさな旅別るどち