- 歌の意味
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天皇は神でいらっしゃるので、赤毛の馬が腹まで浸かって這うような泥田を、都に造り成された。
- 鑑賞
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巻第十九 4260
詞書「壬申の年の乱の平定まりし以後の歌二首」
壬申の乱(672)に勝利した天武天皇が飛鳥浄御原宮を営んだことを讃えた歌で、天皇は神でいらっしゃるので、赤駒が腹まで浸かって這うような泥田を都に造り変えてしまわれたと、天皇の超人的な力を讃えている。
「大君は神にしませば」は天皇を現人神として讃える定型句で、壬申の乱後の天武朝に盛んに用いられた。左注に「右の一首は、大将軍贈右大臣大伴卿の作」とある。左注に「右の件の二首は、天平勝宝四年二月二日に聞きて、即ちここに載す」とあり、天平勝宝四年(752)二月二日に家持が聞いて書き留めたものである。
作者の大伴御行は、大伴長徳の子で、壬申の乱で天武天皇方として功を立て、大納言に至った。没後に右大臣を贈られた。家持の祖父安麻呂の兄にあたる。
初句「大君は」は、天武天皇を主語として掲げている。
二句「神にしませば」の「し」は強意、「ます」は尊敬で、神でいらっしゃるのでと、以下の偉業の根拠を示している。
三句「赤駒の」は、赤毛の馬を示し、ぬかるんだ田の情景を導いている。
四句「腹這ふ田居を」の「腹這ふ」は馬が腹まで浸かって這うように進む意で、都となる以前の湿田の様子を描いている。
結句「都と成しつ」の「つ」は完了で、泥田を都に変えてしまわれたと、天皇の力を讃えて結んでいる。次歌の結句と同じ句である。
あかごま:赤毛の馬
はらばふ:腹を地につけて這う、ぬかるみに腹まで浸かって進む
たゐ:田、田んぼ
- 作者
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大伴御行
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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十月時雨の常か我が背子が 宿の黄葉散りぬべく見ゆ
- 次の歌
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大君は神にしませば水鳥の すだく水沼を都と成しつ