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この里は継ぎて霜や置く夏の野に
我が見し草はもみちたりけり

歌の意味
この里では絶えず霜が降りるのだろうか。夏の野で私が見た草は、もう紅葉していたことだ。
鑑賞
巻第十九 4268

詞書「天皇と太后と共に大納言藤原の家に幸しし日に、黄葉せる沢蘭一株を抜き取りて、内侍佐々貴山君に持たしめ、大納言藤原卿と陪従の大夫等とに遣はし賜ふ御歌一首 命婦誦みて曰く」
 孝謙天皇が光明皇太后とともに大納言藤原仲麻呂の家に行幸した日に、紅葉した沢蘭を抜き取って仲麻呂らに賜った際の御歌で、この里には絶えず霜が降りるのだろうか、夏の野で見た草がもう紅葉していると詠んでいる。仲麻呂の邸の庭の草が早くも色づいていることを興じ、主人の家を讃えている。
 詞書によれば、内侍の佐々貴山君が沢蘭を持ち、命婦がこの歌を誦み上げて伝えたもので、行幸の宴での雅やかな贈答のさまがうかがえる。
 作者の孝謙天皇は、聖武天皇と光明皇后の娘で、天平勝宝元年(749)に即位した女帝である。藤原仲麻呂を重用したことで知られる。

 初句「この里は」は、行幸先である仲麻呂の邸のあたりを示している。
 二句「継ぎて霜や置く」の「継ぎて」は絶えず、引き続いての意、「や」は疑問の係助詞で、連体形「置く」と係り結びをなし、ここで切れる二句切れとなっている。この句は字余りである。
 三句「夏の野に」は、季節の対比を示し、紅葉の早さへの驚きを準備している。
 四句「我が見し草は」は、天皇自身が夏の野で見た草を示し、沢蘭を指している。
 結句「もみちたりけり」の「けり」は気づきの詠嘆で、もう紅葉していたことへの驚きを表して結んでいる。

さはあららぎ:沢蘭、サワヒヨドリの類とされるキク科の草
ないし:内侍、後宮で天皇の側近く仕えた女官
みやうぶ:命婦、一定以上の位を持つ女官
作者
孝謙天皇
出典
万葉集
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