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松蔭の清き浜辺に玉敷かば
君来まさむか清き浜辺に

歌の意味
松の木陰の清らかな浜辺に玉を敷いたならば、わが君はおいでくださるだろうか。この清らかな浜辺に。
鑑賞
巻第十九 4271

詞書は前の歌に続き「十一月八日、左大臣橘朝臣の宅に在して肆宴したまふ歌四首」
 前歌の諸兄の「玉敷かましを」を受けて、松の木陰の清らかな浜辺に玉を敷いたならば、わが君はまたおいでくださるだろうかと、再度の行幸を願って詠んだ歌である。「浜辺」は諸兄の邸の庭の池の州浜を指すと考えられ、庭の美しさを讃えている。
 二句と結句に「清き浜辺に」を繰り返す古風な歌謡的形式で、宴の興を添えている。左注に「右の一首は、右大弁藤原八束朝臣」とある。
 作者の藤原八束は、藤原房前の子で、のちに真楯と名を改めた。温厚な人柄で知られ、大伴家持とも親交があった。

 初句「松蔭の」は、松の木陰を示し、庭の池の州浜の景を描いている。
 二句「清き浜辺に」は、清らかな浜辺にの意で、結句で繰り返される句である。
 三句「玉敷かば」の「ば」は仮定で、前歌の「玉敷かましを」を受け、玉を敷いたならばの意となる。
 四句「君来まさむか」の「来ます」は「来」の尊敬語、「か」は疑問で、わが君はおいでくださるだろうかと問いかけている。
 結句「清き浜辺に」は二句の繰り返しで、歌謡的な反復によって願いを印象づけて結んでいる。

きます:「来」の尊敬語、おいでになる
はまへ:浜辺、ここでは庭の池の州浜
作者
藤原八束
出典
万葉集
前の歌
葎延ふ賎しき宿も大君の 座さむと知らば玉敷かましを
次の歌
天地に足らはし照りて我が大君 敷きませばかも楽しき小里