天地に足らはし照りて我が大君
敷きませばかも楽しき小里
- 歌の意味
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天地に満ちあふれて照り輝き、わが大君がお治めになっているからだろうか、なんと楽しいこの里であることよ。
- 鑑賞
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巻第十九 4272
詞書は前の歌に続き「十一月八日、左大臣橘朝臣の宅に在して肆宴したまふ歌四首」
橘諸兄邸での肆宴の歌四首の結びで、天地に満ちあふれて照り輝くわが大君がお治めになっているからだろうか、この里はなんと楽しいことかと、天皇の徳と宴の喜びを讃えている。
左注に「右の一首は、少納言大伴宿祢家持[いまだ奏せず]」とあり、用意したものの宴の席では奏上されなかったことがわかる。天平勝宝四年(752)十一月八日、聖武太上天皇が左大臣橘諸兄の邸に行幸して催された肆宴(天皇が臣下に賜る宴)での歌である。
作者の大伴家持は、大納言大伴旅人の子で、天平勝宝三年(751)に少納言に任じられて越中から平城京に戻り、都の官人として宮廷の宴にも列していた。万葉集の編纂に深く関わったとされる歌人である。
初句「天地に」は、天と地の全体を示し、天皇の徳の広大さを表している。
二句「足らはし照りて」は、満ちあふれて照り輝いての意で、天皇の威光を讃えている。
三句「我が大君」は、聖武太上天皇を指している。
四句「敷きませばかも」の「敷く」は治める意、「ます」は尊敬、「かも」は疑問で、お治めになっているからだろうかと、結句と係り結びをなしている。
結句「楽しき小里」は連体形「楽しき」で結ぶ体言止めで、「小里」の「を」は接頭語であり、宴の催された邸のあたりを讃えて結んでいる。
しく:治める、統治する
をさと:里
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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松蔭の清き浜辺に玉敷かば 君来まさむか清き浜辺に
- 次の歌
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天地と相栄えむと大宮を 仕へまつれば貴く嬉しき