梅の花咲けるが中にふふめるは
恋か隠れる雪を待つとか
- 歌の意味
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梅の花が咲いている中で、まだつぼみのままでいるのは、恋心が隠れているからか。それとも雪を待っているというのか。
- 鑑賞
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巻第十九 4283
詞書は前の歌に続き「五年正月四日、治部少輔石上朝臣宅嗣の家にして宴する歌三首」
石上宅嗣の家での宴の二首目で、前歌の梅の花を受け、咲いている梅の中でまだつぼみのままのものは、恋心が隠れているからか、それとも雪を待っているのかと戯れている。前歌が雪に散る梅を案じたのに対し、咲かずにいるつぼみに視点を移して応じている。
つぼみを恋を秘めた心に見立てる趣向で、前歌の恋の譬喩を受け継ぎつつ、軽やかな機知で座を和ませている。左注に「右の一首は、中務大輔茨田王」とある。
作者の茨田王は、奈良時代の皇族で、このころ中務大輔の職にあった。詳しい系譜は明らかでない。
初句「梅の花」は、前歌の三句と同じ語で、唱和であることを示している。
二句「咲けるが中に」は、咲いている花の中にの意である。
三句「ふふめるは」の「ふふむ」は花がつぼみのままでいる意で、まだ開かない花を示している。
四句「恋か隠れる」の「か」は疑問の係助詞で、連体形「隠れる」と係り結びをなし、恋心が隠れているのかと問いかけている。
結句「雪を待つとか」は、それとも雪を待っているというのかの意で、前歌の「雪」を受けて二つの理由を並べて結んでいる。
ふふむ:花がつぼみのままでいる
- 作者
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茨田王
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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言繁み相問はなくに梅の花 雪にしをれてうつろはむかも
- 次の歌
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新しき年の初めに思ふどち い群れて居れば嬉しくもあるか