- 歌の意味
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我が家の庭のわずかな群竹に吹く風の音が、かすかに聞こえるこの夕べであることよ。
- 鑑賞
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巻第十九 4291
詞書は前の歌に続き「二十三日、興に依りて作る歌二首」
春愁三首の二首目で、我が家の庭のささやかな竹の群れに吹く風の音が、かすかに聞こえるこの夕べであることよと詠んでいる。前歌の広々とした春の野から、自邸の庭の竹へと視野を狭め、かすかな音に耳を澄ます静寂の世界を描いている。
「かそけき」という語に象徴される繊細な聴覚の美は、家持の歌の中でも特に高く評価され、春愁三首の中心をなす。
作者の大伴家持は、大納言大伴旅人の子で、天平勝宝三年(751)に少納言に任じられて越中から平城京に戻り、都の官人として宮廷の宴にも列していた。万葉集の編纂に深く関わったとされる歌人である。
初句「我が宿の」は、自邸の庭を示し、前歌の「春の野」から身近な場へと視点を移している。
二句「い笹群竹」の「い笹」はささやかな、わずかなの意、「群竹」は群がって生える竹で、ささやかな竹の群れを示している。
三句「吹く風の」は、竹に吹く風を示し、音を導いている。
四句「音のかそけき」の「かそけし」はかすかである意で、風の音のかすかさを表している。
結句「この夕かも」の「かも」は詠嘆で、前歌の「この夕影に」と響き合い、静かな夕べへの感慨を表して結んでいる。
いささむらたけ:ささやかな竹の群れ
むらたけ:群がって生える竹
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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春の野に霞たなびきうら悲し この夕影に鴬鳴くも
- 次の歌
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うらうらに照れる春日にひばり上がり 心悲しも独し思へば