霞立つ春の初めを今日のごと
見むと思へば楽しとぞ思ふ
- 歌の意味
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霞の立つ春の初めを、今日のように毎年迎えて見ようと思うと、楽しいことだと思う。
- 鑑賞
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巻第二十 雑歌 4300
詞書は前の歌に続き「六年正月四日、氏人等賀きて少納言大伴宿禰家持の宅に集ひて宴飲する歌三首」
霞の立つ春の初めを今日のように迎えようと思うと楽しいと、新春の宴の喜びをそのまま述べた一首である。三首の結びとして、来る年ごとにこの集いを重ねたいという願いをこめている。
作者の大伴池主は大伴氏の一族で、越中で家持と多くの贈答を交わした。この時は左京少進であった。
初句「霞立つ」は春の景を示し、「春」を導く表現として用いられている。
二句「春の初めを」は新年の初めを指し、正月の宴の時節に合わせている。
三句「今日のごと」は今日のようにの意で、この宴の楽しさを基準として示す。
四句「見むと思へば」の「む」は意志で、これからも毎年このように春を迎えようと思うとの意である。
結句「楽しとぞ思ふ」は「ぞ」の係り結びで、連体形「思ふ」で結ぶ。一首の中に「思ふ」を二度用い、喜びを素直に重ねている。
かすみ:春に立ちこめる薄い雲や靄
- 作者
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大伴池主
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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年月は新た新たに相見れど 我が思ふ君は飽き足らぬかも
- 次の歌
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印南野の赤ら柏は時はあれど 君を我が思ふ時はさねなし