時々の花は咲けども何すれぞ
母とふ花の咲き出来ずけむ
- 歌の意味
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季節ごとの花は咲くけれども、どうして母という花は咲き出てこなかったのだろうか。
- 鑑賞
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巻第二十 防人歌 4323
詞書は前の歌に続き「天平勝宝七歳乙未二月、相替りて筑紫の諸国に遣はさるる防人等が歌」
季節ごとの花は咲くのに、どうして母という花は咲き出てこなかったのかと、母を花にたとえて旅に携えられぬことを嘆いた一首である。母が花であれば手折って持って行けるのにという心を、素朴な問いの形で述べている。遠江国から進上された歌の三首目で、同じ遠江の歌の中に、父母が花であれば捧げ持って行こうと詠む歌があり、発想が通い合っている。
作者の丈部真麻呂は遠江国山名郡の防人で、詳しい伝は残らない。
初句「時々の」は季節季節のの意で、折々に咲く花を示す。
二句「花は咲けども」は逆接で、花は咲くけれどもと下の句の嘆きへ転じる。
三句「何すれぞ」はどうしてかの意で、「ぞ」は疑問の係助詞である。結びは結句の連体形「けむ」となる。
四句「母とふ花の」の「とふ」は「といふ」のつづまった形で、母という花のの意である。母を花に見立てる大胆な比喩である。
結句「咲き出来ずけむ」の「けむ」は過去の原因推量で、なぜ咲き出てこなかったのだろうと問いかけて結ぶ。
とふ:「といふ」のつづまった形
- 作者
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丈部真麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我が妻はいたく恋ひらし飲む水に 影さへ見えてよに忘られず
- 次の歌
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遠江志留波の磯と尓閇の浦と 合ひてしあらば言も通はむ