父母が殿の後方のももよ草
百代いでませ我が来るまで
- 歌の意味
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父母の住む家の裏手に生えるももよ草の名のように、百代までも健やかにいてください、私が帰って来るまで。
- 鑑賞
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巻第二十 防人歌 4326
詞書は前の歌に続き「天平勝宝七歳乙未二月、相替りて筑紫の諸国に遣はさるる防人等が歌」
父母の家の裏に生えるももよ草の名のように、百代までも健やかでいてください、私が帰るまでと、両親の長寿を願った一首である。遠江国から進上された歌の六首目で、家の身近な草を引いて別れの言葉とし、無事の再会を祈っている。
作者の生玉部足国は遠江国佐野郡の防人で、詳しい伝は残らない。
初句「父母が」は両親を示し、次の「殿」にかかる。前歌の初句「父母も」と同じく父母を詠み出している。
二句「殿の後方の」は父母の住む家の裏手の意で、「殿」は家を敬っていう。
三句「ももよ草」はどの草かは未詳であるが、初句から三句までが同音の繰り返しで「百代」を導く序詞である。
四句「百代いでませ」の「います」は「あり」の尊敬で、百代までもいてくださいと願う。ここで句切れとなる。
結句「我が来るまで」は倒置で、帰るまでと期限を添えて結ぶ。
しりへ:後ろの方。裏手
ももよぐさ:植物の名。どの草を指すか未詳
- 作者
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生玉部足国
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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父母も花にもがもや草枕 旅は行くとも捧ごて行かむ
- 次の歌
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我が妻も絵に描き取らむ暇もが 旅行く我れは見つつ偲はむ