八十国は難波に集ひ船かざり
我がせむ日ろを見も人もがも
- 歌の意味
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多くの国々の者は難波に集まって船飾りをする。私がそうして船出する日を、見送ってくれる人がいてほしい。
- 鑑賞
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巻第二十 防人歌 4329
詞書は前の歌に続き「天平勝宝七歳乙未二月、相替りて筑紫の諸国に遣はさるる防人等が歌」
諸国の防人が難波に集い船を飾る、その私の船出の日を見てくれる人がいてほしいと、見送る家族のない寂しさを詠んだ一首である。相模国から進上された歌の二首目で、晴れやかな船出の景と、それを見る身内のいない孤独とが対照されている。「日ろ」は「日」に接尾語の付いた形、「見も」は「見む」の訛りである。
作者の丹比部国人は相模国足下郡の上丁と記される防人で、詳しい伝は残らない。上丁は一般の防人を指す。
初句「八十国は」は多くの国々の意で、諸国から集まった防人を指す。
二句「難波に集ひ」は防人が集結し船出する難波の地を示す。
三句「船かざり」は出航に際して船を飾り整えることで、盛大な船出の様子をいう。次歌にも難波津での身支度が詠まれている。
四句「我がせむ日ろを」は私が船飾りをして出立する日をの意である。
結句「見も人もがも」は見てくれる人がいてほしいの意で、「もがも」は願望を表す。
ふなかざり:出航の際に船を飾り整えること
- 作者
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丹比部国人
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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大君の命畏み磯に触り 海原渡る父母を置きて
- 次の歌
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難波津に装ひ装ひて今日の日や 出でて罷らむ見る母なしに